「はやるといいよな」
出典:化物語(西尾維新, 講談社, 2006)
「はい?」
「戦場ヶ原、蕩れ」
アニメ 化物語の第5話の最後に登場するやり取り。
原作や漫画版を読んだことがない方が必ず疑問を抱くシーンとして有名です。
この記事では、セリフの意味を解読するために、言葉の初出と文脈からどのような意味になるのかを考察していきます。
はやるといいよな、戦場ヶ原、蕩れ
「蕩れ(とれ)」という言葉の初出は?
「蕩れ(とれ)」という言葉はアニメでは第3話で初登場します。
「見蕩れるの「蕩れ」って凄い言葉よね」
「知ってる?草冠に湯って書くのよ」
「私の中では草冠に明るいの「萌(もえ)」の更に一段上を行く次世代を担うセンシティブな言葉として期待が集まっているわ」
出典:化物語 (週刊少年マガジンコミックス)
単純に考えると、「戦場ヶ原、蕩れ」とは「戦場ヶ原、萌え」の上位互換表現であることが示唆されます。
ここで、「戦場ヶ原、萌え」とはどのような意味になるのでしょうか。
もう少し考察を続けてみましょう。
「蕩れ(とれ)」が使われた文脈は?
「一応、言葉にしておいてくれるかしら」
出典:化物語(西尾維新, 講談社, 2006)
「言葉に?」
「なあなあの関係は、嫌だから」
「ああ――そういうこと」
アニメ第5話の中盤で戦場ヶ原ひたぎは「I love you」と阿良々木暦に英語で告白しました。
この告白の返事をきちんと言葉にしてほしいと言われた阿良々木暦のセリフが、「戦場ヶ原、蕩れ」なのです。
「一応、言葉にしておいてくれるかしら」という希望に応えたといえるかは一見すると微妙な返事。
ですが、阿良々木の言葉を受けて戦場ヶ原は目を細めてニッコリと微笑んでいたので、両者間ではこの表現は通じていると考えられます。
出典:アニメ 化物語 第五話「まよいマイマイ 其ノ參」
「蕩れ(とれ)」という言葉の意味は?
- 「戦場ヶ原、萌え」の上位互換表現
- 「I love you」に対する返事であること
これらを踏まえて、最後まで考察してみましょう。
まず、「萌え」というのは、一般的には対象に対する好意的な感情を表す言葉です。
なので、告白の返事になりうることも加味すれば、以下のように言い換えられます。
「戦場ヶ原、萌え」 → 「戦場ヶ原、好きだ」
しかし、このときの”好き”のニュアンスは love か like かで言えば、like です1。つまり、
「戦場ヶ原、萌え」 → 「I like you」
となります。
この類推で、「萌え」の一段上を行く次世代を担うセンシティブな言葉「蕩れ」もまた対象に対する”より強い”好意的な感情を表すと考えられます。
「戦場ヶ原、蕩れ」 → 「戦場ヶ原、好きだ」
このときの”好き”のニュアンスは love か like かで言えば、一段上を行くので love になります。つまり、
「戦場ヶ原、蕩れ」 → 「I love you」
となります。
もちろん、「萌え/蕩れ」を「好き (like/love)」の二項対立で整理していいのかについて議論の余地はありますが2、阿良々木が意図したニュアンス(I love you)を読み取ったからこそ、この言葉を受けて彼女は微笑んだのだと思います。
出典:アニメ 化物語 第五話「まよいマイマイ 其ノ參」
「蕩れ(とれ)」は原作ではどう書かれている?
ここまで、アニメの情報のみで考察を続けてきましたが3、実は原作には地の文で阿良々木の心境が書かれています。
考える。
出典:化物語(西尾維新, 講談社, 2006)
究極を求める彼女に、ここで英語を返すのも、芸がない。
かといって他の言語に関する知識となると、生半可なものしか僕にはないし、
どちらにしても、二番煎じの感を否めない。と、すると――
地の文からは、2つのことが読み取れます。
一つ目は「ここで(I love youと)英語で返すのも、芸がない」と、肯定的な返事をしようとしていたことが伺える点4。
二つ目は、外国語で返すのは「二番煎じ」、すなわち前と同じ趣向の繰り返しで新鮮味がないと感じていたことから、意表をつくような気を衒った返事をしようという魂胆が読み取れる点です。
このことからも、阿良々木は戦場ヶ原とのやり取りで生じた、オリジナルな表現で自分の気持ちを伝えようとしていたと考えることができるのではないでしょうか。
出典・脚注
出典
化物語 漫画版(西尾維新/原作, 大暮維人/漫画, 講談社, 2018)
脚注
- 異論のある方は、ガチ恋相手に「萌え」という表現を使うかどうか考えてみてください。 ↩︎
- 蕩れが「次世代を担うセンシティブな言葉」であるという言い回しをもう少し真面目に考えるならば、グラマラスな女性に対して「見蕩れる」ことはあっても「萌え」を感じることはないことに何かヒントがありそうです。 ↩︎
- 記事中ではビジュアルサポートの観点から漫画を引用した箇所もありますが、それによる初出し情報は存在しないため、嘘ではないです。 ↩︎
- 引用文中の()内は筆者の補足。 ↩︎